< 第3回:アメリカのピアノ検定試験 >
本日はACMを説明する上で重要としている3つの目のポイント
1) non-profitの団体だということ
2) ピアノ教師の団体だということ
3) 本部はアメリカにあるということ
に焦点を当てながらACM米国本部が多様性の高いアメリカ文化の中において、課題曲の指定がない検定試験を設ける事で、参加者にどうのような明るい可能性を提供しているかをアメリカの歴史と文化を交えながらご紹介します。
目次:
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本日もどうぞお付き合いください。
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米国ギルド・ピアノ検定試験の特徴を上げる際、
最大の特徴となるのは以下の4つのポイントです。
1) 参加年齢制限:なし。
2) 課題曲の指定:なし。
3) 演奏時間の制限:なし。
4) 演奏可能曲数:20曲まで。
(上記はピアノソロ演奏部門の規定です)
このようにギルド試験は参加規定がオープンな事で「自由なピアノ検定試験」という印象をお受けになる方も多いかと思いますが、この(特にソロ・ピアノ演奏部門)ユニークな参加規定は1929年の1回目の開催と同時に、アメリカの文化の波を乗り越えてきました。
さて、ここからしばらく音楽から離れ、多様性の高いアメリカ文化のルーツをお伝えするために歴史のお話をしていきます。現地の小学生から高校生が何度も学ぶアメリカ植民地時代からアメリカ独立までの歴史を(短くして)ご説明します。
<1. アメリカ:移民から始まる多様文化 >---------------------------------------------
日本の学校では一般的に日本史の授業は縄文時代から始まるかと思います。アメリカの現地校では一般的にアメリカ史の授業は1492年のクリストファー・コロンブスがアメリカ大陸を発見したという内容から始まり、13植民地〜アメリカの独立までの道のりを学び、独立後は南北戦争、南北戦争、南北戦争...
現地の高校生は「いつまで南北戦争を...」と気が遠くなるほど学びます。(大人になった今、アメリカの南北戦争は簡単には終われない、複雑な内容だったのだと...理解を改めていますが......)
17世紀から18世紀にかけてイギリスからアメリカに移住して来た人々は、アメリカ東海岸の13植民地で主に英語を共通語とした暮らしを送り、それぞれが目指す理想の社会を築いていきます。(13植民地(Thrirteen Colonies)は現在の東海岸に位置するアメリカの13州が含まれます:北からニューハンプシャー、マサチューセッツ、ロードアイランド、コネチカット、ニューヨーク、ニュージャージー、ペンシルベニア、デラウェア、メリーランド、ヴァージニア、ノースカロライナ、サウスカロライナ、ジョージアです。)ディズニー映画にもなった『ポカホンタス』がヴァージニア植民地時代のお話です。
やがてこの13植民地で生活する約240万の人々は1776年7月4日、母国イギリスとの関係を断ちアメリカ合州国として独立します。13植民地はアメリカの13の "州" として新たな出発をし、その後アイルランド系移民、ドイツ系移民、アジア系移民、ユダヤ系移民と色々な人種が新しい生活を求めてアメリカで暮らし始めます。
そして時代は飛び...1929年、第1回ギルド試験が行われた年のアメリカです。(日本は昭和4年)31代目アメリカ大統領としてフーヴァーが就任し、カリフォルニアでは第一回目のアカデミー賞が始まります。アメリカを代表する著名人、Martin Luther King Jr 牧師をはじめ、女優のオードリヘッブヴァーン、後のケネディー大統領の夫人となるジャックリーン・ケネディが生まれ、ニューヨークではブラック・サースデーと呼ばれるウォール街の大暴落が起こります。
ギルド試験の1回目が開催される4年前にあたる、1925年。アメリカを代表する文学作品『グレート・ギャツビー』が出版されました。2013年にレオナルド・ディカプリオが主演し映画がリメイクされアメリカの「ジャズエイジ」が再注目されました。アメリカに住む人々がアメリカンドリームを追っていた頃にギルド試験が始まったと思うと、なんだか面白いですね。
<2. もう52年?まだ52年?アメリカの人種差別 >------------------------------------
さて、エラ・フィッツジェラルドというアメリカを代表するジャズシンガーをご存知ですか?(彼女の歌う動画は: こちら )1940年頃フランク・シナトラがLA で歌うナイトクラブでエラ・フィッツジェラルドは彼女が黒人だという理由でステージに立つことはできませんでした。
その事実を知った当時のスーパースター、マリリン・モンローはクラブのオーナーに電話をかけエラ・フィッツジェラルドを舞台に立たせてくれる日は必ず彼女がお店に顔を出し、最前列に座る約束を交わし、エラ・フィッツジェラルドは晴れて舞台に立つことができたというエピソードがあります。
1964年、Civil Rights Act of 1964という学校やレストランや公共の場での人種差別を非合法化する1964年の公民権法が制定されます。法が決まってから今年で52年が経ちます......もう52年......まだ52年......(この1964年は日本では東京でオリンピックが行われた年です)
10年程前、大学のインターンとして現地の子供達にピアノを教えていた頃、生徒にGershwinのサマータイムを課題曲として提案すると「黒人の子守唄はうちの子には弾かせない」とおっしゃる保護者の方がいらっしゃいました。5年程前、アメリカの幼児音楽教育の某メソードは教材で使用した楽曲に、黒人奴隷時代に歌われていた曲が入っていて子供に聞かせるには相応しくないとの理由で、カリフォルニアの方で問題となりました。1964年にCivil Rights Act of 1964が定まってから公共の場での差別は非合法化されましたが、残念ながら人種差別に対する個人の考えがゼロになるのは難しいのだと、音楽教育を通して感じた瞬間でした。
1929年に始まったピアノ教師の団体ACMもアメリカの歴史と共に色々な人種問題を乗り越えてきたと思います。
<3. ギルド試験「課題曲なし」にフィットする、アメリカの多様な宗教とその音楽>---
アメリカではギルド試験をピアノ教室の学年末テストという感覚で取り入れている先生が多くいらっしゃいます。1年間子供達は先生から学んだ事をギルド試験で披露します。1年で学んだ曲を演奏するという事でクリスマスの曲を演奏する参加者もいます。
先ほども少し触れましたが、アメリカにはイギリス系移民の他に、アイルランド系移民、ドイツ系移民、アジア系移民、ユダヤ系移民と色々な人種がアメリカで生活を始めますが、ユダヤ系移民は人種ではなく民族で、ユダヤ教と強い繋がりがあります。そしてユダヤ教はクリスマスではなく、同じ時期に訪れるハヌカを祝う文化を大切にしています。
生徒が「ハヌカの曲を弾きたい!」と言った時「ちょっと待ってね〜」とハヌカの曲を一緒に探す先生が多いかと思います。アメリカでは子供用のクリスマスの教本にはハヌカの曲は1〜2曲含まれている事が多く「弾きたい子は弾いて、他の曲を演奏したい子は飛ばせば良い。」という......そこまで真剣にそして敏感にならなくても良い話なのですが...
ギルド試験は先生が一丸となって開催が可能となるピアノ検定試験です。
ピアノの先生にも参加者にも様々な宗教観を持たれている方がいらっしゃいます。
ギルド試験の「課題曲:なし」という規定は、
アメリカの多様文化に適応する為に必然とそうなったのかもしれません。
そしてここからは、ギルド試験の規定のドアが「課題曲、演奏曲数、年齢制限なし」と大きく開いていることで、今までピアノのコンクールや検定試験に参加する事が難しかったピアノの生徒達がギルド試験を通してどのような経験ができるかを、実際に体験した話と共にシェアしていきます。
<4. 「課題曲なし」が可能にする発達にハンディのある子の参加 >-------------------
ピアノを教えていると皆さんと同じように、色々な人との出会いがあります。そして時々発達にハンディがある子との出会いもあります。発達にハンディがある子供がお教室のドアをノックした際、保護者の方は「音楽の力を使って、子供の発達を促してほしい。」という音楽療法的な内容ではなく「うちの子、音楽が好きなんです!」「ピアノに興味を示しているので!」とキラキラした気持ちでピアノの先生を探される方が多い印象を受けます。とても嬉しい事です(^^)
発達にハンディのある子は、気分によって好調時と不調時のレッスンの高低差がありますが、時間が経つにつれて徐々にピアノの前に長く座れるようになり、集中力が出てきて、何度も繰り返す事で曲が演奏できるようになり、いつの間にか心も大きく成長しチャレンジ精神が生まれる事もあります。
ギルド試験は課題曲がない事で、
発達にハンディのある子供の成長の様子を伺いながら、
新しい挑戦の場を提供してあげる事が可能です。
(やる気はあるけど人前で演奏するのが苦手な場合は本部と相談し、臨機応変にスペシャル対応をしています。)
課題曲がある事で今まで課題曲に近づく事が困難で挑戦できなかった子も
課題曲がない事で前向きにチャレンジする事ができます。
このような経験は子供や保護者の方をはじめ、
先生にも掛け替えのない励みとなります。
<5. 「課題曲なし」が可能にする体の不自由な人の参加 >----------------------------
ある日車椅子で生活をしている女性が「私もピアノ弾きたい!あ、でもダメダ!ペダル踏めないか〜!」と言っていました。何気ない会話でしたが、頭から離れない一言です。
先生......どうでしょう?
本当にピアノ、弾けませんか?
子供の頃は「上手になったらペダルを踏む」という憧れがありますが、あるレベルに達すると曲や作曲家によっては「ペダルに頼らない方が良い」という事も学びます。
フィジカルな問題で課題曲に近づく事が困難でも
先生のアイディア次第で生徒さんの能力と可能性は広がります (^^)
<6. 「課題曲なし」+「参加年齢の上限なし」+「特別部門」のコラボが可能にする「最近色々と覚えられないおじさん」の参加 >-------------------------
先生のお教室に暗譜が苦手な生徒さんはいらっしゃいますか?
アメリカでは「○○disorder(○○症候群)があり暗譜ができません。」というピアノの生徒が時々います。
そして日本に「最近色々と覚えるのが苦手なんだよね〜」と自称「最近覚えの悪いオジサン」がピアノで何か挑戦してみたい......気持ちはあるけど.....ご自身の暗譜力がネックで前に進めない......
特別部門の「ホビスト」という部門は暗譜免除の部門です。
ピアノソロ演奏部門と同じ内容を楽譜を使用しながら参加することができます。
暗譜ができなかったり、苦手な理由はこちらからは伺いません。
楽譜を使用して演奏する事で心強くなるのであれば、
お任せください!(^^)
ACMが大切にしているのは目標を持ってピアノに向かう環境を作る事です。
< 7. ジャズを専門のピアノの先生 >------------------------
ピアノの先生の中にクラシックよりもジャズの演奏を得意とする方は沢山いらしゃいます。
ギルド試験の特別部門には「ジャズ部門」があります。
もちろんソロ演奏部門の1曲としてジャズの曲を課題曲に含む事もできます。
ジャズを教えて!と生徒に言われた時に対応できる先生、かっこいいですね(^^)
<8. 音楽教育とは...... >--------------------------------------------------------------------
音楽ってなんでしょう?
音楽教育ってなんでしょう?
ピアノのレッスンってなんでしょう?
ピアノ演奏ってなんでしょう?
ギルド試験をアメリカ流と呼ぶならば......
人種を始め様々なバックグラウンドを持った人が、
1年に一度参加できるようにシステムが形成されている事かもしれません。
音楽教育とは......?
という答えは出ませんが、
考える良いきっかけになりました。
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今回の内容は2回に分けてお伝えしようと思っていたので長くなってしまいました。
次回は「ギルド試験のレポートカード」についてご説明いたします。
本日もお読みくださりありがとうございました。
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